前回の記事では、自分を主語にするための「3分間リセット」についてお話ししました。

今回は、
介護の中で見つけた小さな喜びについて話そうと思います。
気づかなかったら、通り過ぎていた日々のこと

介護をしていると、「大変だね」とたまに言われます。
確かに大変です。

大変なことは否定できません
体力も時間も気力も、想像以上に削られます。
泣いた夜も、怒鳴りそうになった朝も、何度もありました。
でも、正直に言います。
介護の期間は、私の人生でいちばん「今日」を生きた時間でした。

1日が濃かった・・・
介護のはじまり

母が倒れたと電話が来たのは、私が仕事中のときのこと。

最初は頭が真っ白になりました。
医者に「一人での生活は難しい」と言われ、私の家で自宅介護が始まりました。
介護というものを、私はずっと「失っていくこと」だと思っていました。
母の体力がどんどん落ち、少しずつできないことが増えていく。痩せていく。

それは確かに喪失でした。
特に痩せていく母を見るのがつらかったです。
でもある日、気づいたのです。
失われていくものの隣に、今まで見えていなかったものが現れてくることがある、と。
介護の中で見つけたもの1

最初に気づいたのは、母の笑顔でした。

介護が始まって一番つらいのは母のはずなのに、母はいつも微笑んでいました。
昔から母は明るい人でしたが、介護が始まってからもその明るさは健在でした。
むしろさらに明るくなった気がしました。
介護する私や、たまに手伝いに来る兄弟を気遣って笑顔でいるのかな?とも思ったのですが、私には本当に心から笑ってくれているように見えました。
それを見るたびに、私は思いました。

お母さん、ずっと笑顔でいいな。と
介護の中で見つけたもの2

嬉しい発見は、他にもありました。
母は若い頃、裁縫が得意だったらしい。

「らしい」というのは、
私が物心ついた頃にはもう裁縫をやめていたからです。
でも介護を始めてから、たまに実家に行き、押し入れ等の整理していると、古い布地や糸が出てきました。
何気なく「これ、お母さんが縫ったの?」と聞いたら、母は少し目を輝かせました。
「そうよ、あんたの七五三の着物も、私が縫ったんだから」と。
私は知りませんでした。

着物は買ったものだと思っていました。
その日から私は、整理のたびに出てくるものを母に見せるようにしました。
古いアルバム、父との旅行の写真、子どもの頃の私の絵。
私が実家から持ってくる度に、母は私の知らない話をしてくれました。
母は昔のことのはずなのに、鮮明に覚えていました。
介護が始まるまで、私たちはこんなにゆっくり話したことがなかったかもしれません。

私の知らない昔の話を聞くことは
おだやかで楽しいことでした。
介護の中で見つけたもの3

小さな喜びは、思わぬ場所にもありました。
介護の合間に、母と一緒に昼ごはんを食べる時間です。
最初は「作業」のつもりだったそれが、いつからか一日の中でいちばん好きな時間になっていました。
母はスーパーの惣菜でも、コンビニのサンドイッチでも、「おいしい、おいしい」と言って食べてくれました。
私が料理を作ると「上手になったね」と言ってくれました。
子どもの頃、料理を褒められた記憶はありませんでした。
母がそう言うたびに、私は少しだけ得意な気持ちになったのを覚えています。

「この歳になって・・・」と自分でも可笑しくなったけれど、親に褒められるのは、何歳になっても嬉しいものでした。
介護の思い出

いちばん忘れられない日があります。

その日の母は調子が悪く、午前中はずっとぼんやりしていました。
昼食も半分しか食べなかった。私は内心焦りながら、でも顔に出さないようにしていました。
午後、窓から差し込む光の中で、母がうとうとし始めました。
私はソファに座って、本を読んでいました。
しばらくして、母が目を覚ましました。
そして私を見て、こう言ったんです。
「あなた、いい顔してるね」
脈絡がない言葉でした。
でも、真剣な顔で言うのです。
「そう?」と笑うと、母は「うん」とうなずいて、また目を閉じました。
その日の夜、なぜかじんわりと涙が出ました。
嬉しいのか、悲しいのか、よくわかりませんでした。
でも、悪くない気持ちでした。

あの言葉は、きっと一生忘れない。
介護は特別な時間


介護の時間は、特別な時間だと今は思っています。
介護は日常の延長にあるようで、普通の日常とは少し違う。
「今日」という一日の濃度が、介護のない頃とは明らかに違いました。
何かが起きるたびに、全力で向き合うしかない。
それは消耗だけれど、同時に、生きている実感でもありました。
喜びは、大きなイベントの中だけじゃない。
小さな日常にだってちゃんと喜びがある。
旅行や、記念日、サプライズだけじゃない。
母の笑顔、昼ごはんの「おいしい」、押し入れから出てきた古い布地、「いい顔してるね」のひと言。
そういうものが、私にとっては宝物でした。
気づかなかったら、通り過ぎていました。
介護をしていなかったら、きっと気づかなかったと思います。

あなたの宝物も、きっとすぐそばにあります。



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